★50年越しの文科省の悲願
子ども・子育て支援新制度は「日本の教育と保育、そして子育て文化の有り様を大きく変える画期的な改革」と言われる。半世紀余の懸案“幼保一元化”を加速するものなので、たしかにそのとおりではあるが、それはまた、次のより大きな教育改革への地ならしでもある。「より大きな教育改革」とは何か。それは幼児教育無償化とセットされる「5歳児の義務教育化」だ。日本の義務教育年限を9年から10年に延長する大改革である。
内閣総理大臣の諮問機関である教育再生実行会議(鎌田薫座長=早稲田大学総長)は、2014年7月の第五次提言で「3〜5歳児の幼児教育については財源を確保して無償化を段階的に進め、幼稚園、保育所および認定こども園の5歳児の教育について、柔軟な新たな枠組みによる義務教育化を検討する」と打ち出した。その論拠は「先進諸国の義務教育は10〜12年が趨勢で、日本の9年は最低レベルである」「小1プロブレムを改善して円滑な学校運営と学力の向上を図りたい」「今の学制ができた1948年当時と比べて、子どもの身体的成長、知能成熟度は格段に早期化している」などである。
幼稚園関係者の間には「またか!」の思いを持つ方も多いだろう。「5歳児義務化」の話は今に始まったことではないからだ。“ヨンロク答申”と呼ばれる1971(昭46)年の中教審答申で「小学校の入学年齢を5歳に引き下げることを検討する」と書かれたのが最初だった。それから政党や有識者会議で再三議論され、「いよいよ5歳義務化へ」の新聞アドバルーンは何度も上がった。しかし「5歳児を教室形式に組み込むのは好ましくない」「幼児教育は3〜5歳の連続した生活・経験から成り立つもの。5歳児を切り離しては中途半端になる」という教育現場、学者、保護者らの声で抑えられてきた。
「唯一の資源は人間」と言われる日本。子どもたちの学力、勤勉度が高かった時代は、そうした反発にものんきに構えていられたが、今はそれがすっかり低下してしまったので、義務教育の早期化を是非とも実現したいと教育政策関係者は考えている。認定こども園によって幼稚園と保育所の溝を埋める形ができた。幼児教育無償化も先が見えてきた。地ならしの機は熟したというわけである。
OECDの先進諸国は大半が5歳から義務教育を始めている。といっても9月入学なので日本の子どもより半年早いだけである。日本が4月入学のまま5歳を義務化すれば、逆に日本の義務教育は先進諸国より半年早まることになる。文科省のネライはここである。
★小学校に行くか、幼稚園に残るか
それでは、教育再生実行会議が言う「柔軟な新たな枠組みによる義務教育化」とはどんなものだろうか。これについて下村博文文部科学大臣は、2014年9月の全日本私立幼稚園PTA連合会全国大会で「5歳児がみんな小学校に入るわけではない。必要な環境、条件が整えば、幼稚園、保育所、認定こども園でも義務教育を行うことができる」と述べた。小学校に行ってもいい、幼稚園に残ってもいい、という選択肢があるわけで、それが柔軟な枠組みということだ。
幼稚園・保育所の関係者も、幼児教育無償化が進み、5歳児全員の無償化が実現した段階では義務化もやむを得ないと考えていた。しかしそれは現状のままの姿で、その中の5歳児だけが義務化されることを想定していた。ところが「小学校でも、幼稚園でも」という選択制だと話は随分違ってくる。
幼稚園の保護者が集まった会合で「もしそうなったら皆さんはどっちを選びますか」と聞いたことがある。結果は半々だったが、その会合は私立幼稚園団体が主催し、保護者会の役員が多く、訊いているのが幼稚園びいきの編集長で、園長先生たちも同席しているなどのお世辞要素を差し引くと、幼稚園には非常に厳しい状況だと感じた。
5歳児の無償化実現は2020年が目標とされている。そして5歳児の義務化は文科省にとって50年越しの悲願である。悲願達成の執念が実るか、はたまた現場の執念で幼児教育の伝統を守ることができるか、この5歳児をめぐる綱引きこそ、私立幼稚園が直面する次の山場である。
(参考資料)
・PTA大会での下村文科相の挨拶(YouTube動画)
幼稚園情報センター・片岡 進