自分のやり方を教えることなかれ

落合博満の真のリーダー論

“嫌われた監督”は何を語るのか

2023年3月26日

★一流の人間は考え方がシンプル
 全国の幼稚園・保育所・認定こども園に体育講師、英語講師の派遣事業を行う株式会社ジャクパ(本社=東京小平市/五十嵐勝雄社長)は毎年、創業記念日の2月にスポーツ界の著名人による講演会を開いている。川淵三郎、増田明美、二宮清純……とその顔ぶれは多彩で、多数の幼児教育関係者が集まってくる。2022年2月は、同社創業50周年と重なったので、今、講師に呼ぶのが一番難しいと言われる中日ドラゴンズ元監督の落合博満氏を招いた。しかしコロナ第6波で中止。調整して8月に再度計画されたもののコロナ第7波のまっ只中。やむなく無観客の会場で落合氏がカメラに語る様子が動画配信されることになりました。
 20年間の選手時代は3度の三冠王、7年間の監督時代は4度のリーグ優勝と日本一が1度という成績を残したが、なぜか地元名古屋のファンからも球団経営者からも煙たがられ、追われるように監督を退いたのが落合氏です。親会社が新聞社なのにメディアには何も語らず、取り巻く記者に「お前ら試合を見てたんだろ。だったら自分の見たこと感じたことを、そのまま記事にすりゃいいじゃないか。俺のコメントなんか余分だよ」とぶっきら棒だったからです。
 そんな物言わぬ監督が何を語るのか、配信を待ちました。しかしその中身は、秋田の片田舎で生まれ、7人兄弟で育った少年時代から、社会人を経て25歳でプロ野球に入り、中日ドラゴンズの監督になるまでの約50年を、メリハリも愛想もなく淡々と語るものでした。
 落合氏の講演が引っ張りだこになった理由は、2021年秋に刊行された『嫌われた監督』(鈴木忠平著・文藝春秋刊)がベストセラーになったからです。同書はドラゴンズ番だった元スポーツ紙記者が、落合監督周辺にいた人々を取材してまとめたもので、大宅壮一ノンフィクション賞を受けました。そこで改めて落合博満の肉声を聞きたいという声が高まったのです。
 そこで私も500頁の大作を読んで、動画配信を何度も聞きました。味も素っ気もない講演の奥底から、落合流のリーダー論が滲み出てきました。まず、彼の基本姿勢が「選手を見つめ続ける」ことだとわかりました。一切口出しをせず、選手の動き、練習を見つめ、時折、すれ違いざまに「昨日の打ち方、良かったね」とボソっとつぶやく。それだけで選手は、監督が自分を見ていることに気づく。すると選手の方から意見を求めに監督に寄ってくる。そうしたら、短い言葉をひとつ投げ返してやる。具体的な指導を期待した選手は呆気にとられるが、やがて監督の一言から自分で極意を見つけだす。それが“オレ流の指導法”というわけです。彼の口癖「一流ってのはな、シンプルなんだよ」も、そこが原点です。
 落合監督が選手に言ったことは「低めの球には手を出すな」「守備の下手な奴はレギュラーになれない」の二つだけでした。またコーチ陣には「選手には何も教えるな。問題点を訊いてきたら少しだけ教えろ」「選手と食事に行くな」「選手には決して暴力をふるうな」の三点厳守を命じました。食事禁止は派閥が生まれるのを防ぐため。暴力禁止は、特に高校時代、理不尽な鉄拳指導で育ってきた人間の集団なので、根絶するのに5年かかったそうです。
 こうした落合流で、ドラゴンズは相手に点を与えず、少ないチャンスを着実にモノにしていく、負けない野球を磨きました。ところが派手な打撃戦を期待するファンには物足りなく、「落合の野球はつまらない」と、優勝しても人気の上がらない結果となりました。
最後に落合氏は「優秀な経営者は決して会社を潰さない人間だ。細々とでも事業を永く続けていくことが大事なんだと思う」と結びました。それこそが「負けない野球」に通ずる経営哲学だと感じました。
幼稚園情報センター・片岡進