★ロバート・フルガムの砂場の知恵
2022年2月24日の夜明け前、ロシア軍によるウクライナ侵略戦争が始まりました。そこから1ヶ月足らずで、300万人以上の市民が隣国に避難しました。その多くが子どもです。無差別なミサイル攻撃で住宅もインフラも学校も病院も破壊され、美しい古都は瓦礫の山になりました。祖国を守る父親と別れ、見知らぬ土地で暮らす子どもたちの胸の内を思うと怒りが止まりません。
戦争を起こしたのは、独裁者プーチンの狂気と暴走にほかなりません。隣国であり兄弟国であり、スラブ民族の原点であるウクライナを取り戻し、ロシア帝国を再興させたいとする身勝手な幻想が招いたものです。プーチンは一体どんな幼児期を過ごしたのか?…そう思わずにはいられません。
『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』を書いた米国哲学者ロバート・フルガムは、知恵の中身を14項目にまとめています。前半の7つはルールとマナーに関するもの。後半の7つは衛生と安全と幸福感に関するものです。肝心なのは前半の7つで、これが世界平和と国際秩序の土台になる知恵、というより哲学です。改めて紹介しましょう。
1.何でもみんなで分け合うこと。
2.ズルをしないこと。
3.人をぶたないこと。
4.使ったモノは必ず元のところに戻すこと。
5.散らかしたら自分で後片づけをすること。
6.人のモノに手を出さないこと。
7.誰かを傷つけたら「ごめんなさい」と言うこと。
4と5については、プーチンが、戦争前の状態に戻したり、後片づけをすることはないでしょうから、彼は社会性に欠かせない7項目が何ひとつ身についていない人間だと言えます。
第二次世界大戦が終わった直後の1945年10月に国際連合が創設されました。上記7つの哲学に通ずる世界平和と国際秩序を守る最高機関で、その責任を担うのが5つの常任理事国(米露中英仏)です。その責任者が自らルールを破って戦争を始めたのですから、国連の理念も憲章もあったものではありません。
しかし、こうしたルール破りは、身近なところでも頻発しています。最近の例では、北京冬季五輪で高梨沙羅選手が失格になったスーツ規定です。明らかに特定選手を狙ったルールのねじ曲げです。そうしたルール無視や変更が日常化していることが、プーチンの暴挙を生む土壌になったのかも知れません。
2019年暮れ、幼稚園経営者らを前に行われたスポーツジャーナリスト・二宮清純氏の講演会(ジャクパ社主催)が思い出されます。東京五輪のマラソン会場が東京から札幌に変更された2ヶ月後のことでした。マラソンの暑さ対策について東京都は、冷感舗装やミストシャワーなど可能な限りの対策をする予定でしたが、東京都に相談することなく、バッハ会長のIOCはさっさと変更を決めたのです。二宮氏は、IOCの傍若無人を強く批判しましたが、同時に、その気配が漂っていたのに「まさか自分たちの頭越しに決めるはずはない」と高をくくっていた東京の脳天気ぶりも批判しました。「彼ら(=欧米人)はそういうことを平気で行う人間なんですから」と。
二宮氏は2002年のサッカーW杯日韓共同大会にも触れました。日本開催がほぼ決まりかけた頃に「先を越されてなるものか」と韓国が手を挙げ、「百歩譲って共同開催にすべし」と画策を始めたのです。その動きについて日本の関係者は「FIFAの規約では共同開催はできない。やるなら規約改正が必要だが、それはもう時間的に無理だ」と判断し、取り合いませんでした。ところが韓国の全力攻勢を受けたFIFA上層部は、理事会も総会も開かず、一夜にして規約を書き換えて共同開催を決定しました。「自分たちの都合に合わせて、ルールを変えていく」のが欧米人の歴史であり、彼らの流儀だったのです。日本の関係者は、それを見落としていた訳です。
そして二宮氏は「幼稚園の先生方に伏してお願いします。ルールをしっかり守ることは大切ですが、世の中にはルールを破る人もたくさんいる。自分たちの知恵と力で、ルール破りにどう対処していくか、それも子どもたちに教えてほしい」と訴えました。言葉力の足りない園児には高いハードルですが、繰り返しその意識を持たせていくことの大切さを、プーチンの戦争を見て改めて思いました。
幼稚園情報センター・片岡進