作家・柳田邦男氏が語る「絵本の言葉」

絵本がつくる子どもの言語環境

読むたびに深い世界が現れる

2021年9月5日

★新緑の葉先に光る一滴の朝露
 今、10代の子ども達、特に中高生の間では「スマホ依存・ネット依存」が大きな問題になっています。SNSやゲームに夢中になる余り、生活リズムを壊し、健康に影響を及ぼし、学校にも行けなくなる病気です。
幼稚園・保育園の卒園からわずか数年で深刻な依存に陥る子が2割近くもいるのです。その子達が大事な青春期を棒に振ってしまう悲劇を聞くにつけ、幼稚園関係者に何かメッセージを送りたいと思い、専門の精神科医・樋口進氏(国立久里浜医療センター院長)に電話で話を聞きました。その中で印象に残った言葉は「我が子を依存から立ち直らせるには、たとえ激しい衝突が起きても、親が頑張るしかない。決め手は親子関係の再構築です。幼児期に良い親子関係があった場合は、うまく再構築できて立ち直りも早い」でした。幼児期の親子関係について具体例もいくつか挙げてくれました。その中に「絵本の読み聞かせ」がありました。できればもっと詳しくお聞きしたかったのですが、診療合間の15分限定の電話取材だったため、それ以上聞くことはできませんでした。
 ちょうどそんな折の2020年10月、NHKラジオ深夜便『明日への言葉』で、ノンフィクション作家の柳田邦男氏が2回に渡って「絵本の魅力」を語りました。㈰大災害の後を生きる人々、㈪ガンや難病と闘う人々、というシリアスなテーマでドキュメンタリー作品を次々に発表してきた柳田氏には、もうひとつ㈫子どもの人間形成と絵本、というテーマがあります。
 柳田氏は講演活動も行っているので「被災地で暮らす子どもと絵本」「難病で亡くなった子どもと絵本」などの話は、幼児教育関係者の間ではよく知られています。ところがラジオでは、私が講演で聞いたことのない話が二つありました。
 ひとつは柳田氏の幼少期の話です。栃木県で生まれた彼は、早くに父親を亡くし、7人の子どもを抱えて生きる母親を見ながら育ちました。「昔の子どもは、多くの大人、兄弟の会話を身近に聞きながら育った。生活は貧しかったが言語環境は豊かだった。ところが今は、大人達はスマホに向き合うばかりで会話が聞こえてこない。言語環境が貧弱になってしまった。それを救うのが絵本です」でした。
 もうひとつは、思い詰めて自死した次男が、亡くなる前に、サン=テグジュペリの『星の王子さま』を父親にプレゼントした話です。この絵本は日本では、数多くの出版社が違う訳者で出版しています。もちろん柳田氏も何冊も持っていましたが、次男は「オヤジはこの本が好きだよね。これは装幀が美しい。これも本棚に入れておいてほしい」と言って渡したそうです。
 やがて次男は亡くなり、茫然自失の柳田氏はその本を開きました。するとそこには今までとは違う言葉が見えてきました。「俺はもう地球では生きられない。星に帰る。ときどき夜空を見上げてほしい。俺はいつも笑っているから、笑っている星があれば、それが俺だよ」という息子からの別れの言葉でした。「同じ絵本が、少なくとも人生で3回、味わいを深くして現れ、生きる力を与えてくれる」が柳田氏の持論ですが、この時ほどそれを実感したことはなかったと語りました。
 「新緑の葉先に女神の涙のように光る一滴の朝露、それが絵本です」と柳田氏は表現します。絵本の伝道師と言えば、同じ栃木県出身の作家・落合恵子氏を忘れてはいけません。落合氏は毎週日曜朝、NHKラジオ(6時15分〜25分『絵本の時間』)で1冊ずつ絵本を紹介しています。「1冊の絵本を開くと、あなたの新しい人生の旅が始まります。絵本は、生まれて初めて本というものに出会う小さな人から年齢制限なし。深くて豊かな世界です」と落合氏は毎回言います。
 幼稚園・保育園のスタッフにとって、もっとも身近な本が絵本です。その魅力を再発見して、子ども達に読み聞かせてください。そのたびに自分自身の発見と成長も感ずることでしょう。そして休日には図書館に出かけて、新しい絵本にも出会ってほしいと思います。
幼稚園情報センター・片岡進