中国で盛んな幼児教育講演会

日本人園長が語る幼稚園の教育目標

幼児教育が世界平和をつくる

2017年3月21日
PHOTO
加藤積一(かとう・せきいち)

加藤積一(かとう・せきいち)
学校法人地球の広場理事長、ふじようちえん園長。1957年2月生まれ、東京都立川市出身。法政大学社会学部卒。国会議員秘書、企業経営などを経て二代目の幼稚園経営者に。元立川市議。

河南省実験幼児園の講堂で講演する加藤積一氏。

河南省実験幼児園の講堂で講演する加藤積一氏。

鄭州市で開催された幼児教育国際会議の関係者らと記念撮影。

鄭州市で開催された幼児教育国際会議の関係者らと記念撮影。

★ぬり絵や折り紙が日本人の原点
外国人観光客の急増にともない、日本各地の幼稚園を訪ねるアジア、ロシア、南アメリカなどの外国視察団も急増している。中でも多いのは中国である。彼らの着眼点は、教育内容や教育環境を参考にすることより、日本の社会風土と幼児教育の関連性に重点を置いているようだ。なぜなら視察団には教育関係者のほか、企業経営者ら民間事業者が多く含まれているからだ。
「質の良い幼児教育を受けた子どもが、平穏で安定した家庭、社会、国家をつくる。だから幼児教育への投資こそもっとも重要」という米国シカゴ大の研究報告は世界中に知れ渡り、発展途上国で幼児教育を担う人たちに夢と勇気を与えている。実際どうなのかと彼らが各国を旅して気づいたのは、人々のマナー、ルール遵守、公共インフラの完成度などで日本が最良ということだった。今度は、そんな社会をつくった日本の幼児教育に彼らは注目した。いわゆる「幼児教育ファンタジー」を自分の眼でたしかめようというわけである。
 しかし日本に来られるのは限られた人達で、一般の幼稚園教師はめったに来られない。そこで、日本の園長さんを自分の国に招き、講演してもらう活動が盛んになってきた。とりわけ人気があるのは東京都立川市・ふじようちえんの加藤積一理事長&園長(60)だ。ドーナツ形園舎を特徴とする同園の教育環境がOECDで最高評価を得たことに加え、園名が日本を象徴する富士山に通じ、また加藤氏の堂々とした体躯、歯切れの良い口調にリーダーシップを感じるからと思われる。彼は2016年だけで20回の海外講演を行った。
 2016年10月、中国河南省鄭州市で開かれた幼児教育国際会議に彼がメイン講師で招かれた時、どんな話をするのか、それに対して中国の人達はどう反応するのかを見たいと思い、私も同行することにした。河南省は人口1億3千万人。日本より多い。名古屋とほぼ同緯度にある省都・鄭州市は700万人。開封市、洛陽市など周辺都市を合わせて約1900万人の大都市圏を形成している。林立する高層ビル、片側4車線の高速道路、ベンツ、GM、ホンダ、トヨタ……の高級自動車が多い。これが本当に中国なの?と我が眼を疑った。
巨大な鄭州国際空港に着いたとき、出口ゲートの電光掲示板に加藤園長の写真が映っていた。「すごい歓迎ぶりですね。先生の顔が出ていますよ」と私が言うと、加藤園長も「あ、本当だ」と一瞬思ったようだが、よく見ると、それは習近平国家主席だった。

★中国から消えた伝統行事が日本にある
私立大学の会議室と実験幼児園(公立幼稚園)の講堂とで、彼は2回講演し、計1000人の幼稚園教師が耳をそばだてた。講演内容は、ふだん加藤氏が日本国内で行う講演とほぼ同じで、園内の様子、先生方の取り組みをありのまま語るものだった。そのアイディアの数々は、日本の経営者なら痛いほど刺激を受けるものである。しかし聴衆の表情は平静だった。
 中国の先生方の眼が光ったのは、「子ども達はぬり絵や折り紙が大好きです。きれいに塗れた、きちっと折れた時の気持ち良さでしょう。これが日本人の律儀さの原点になっているのかも知れません」と言った時だった。そして「幼稚園の基本は“正しく、仲よく”です。それが身についた子ども達が平和な国をつくります。幼児教育から築かれた平和な国々が手をつないで世界平和が生まれます。私はそう信じて幼稚園をやっています。皆さん、いっしょにやりましょう!」と言うと、聴衆は立ち上がって拍手を送った。日本を代表する園長からの、この一言を待っていたのだった。
たしかに中国の社会、人々の暮らしは日本より裕福そうな部分もある。しかし社会ルール、生活モラルの点では問題が多いと言わざるを得ない。それは中国の人たち自身がわかっていることで、「中国を日本のような国にしたい。それには私たち幼児教育者が頑張らなくてはいけない」というのが彼らの気持ちである。彼らが取り組んでいる教育実践について、その理念と目標を求めているのだった。
 さて、同行取材の私にも「せっかくだから日本のいろいろな幼稚園を紹介してください」との依頼が事前にあった。考えた結果、北海道から九州の12の幼稚園を選び、入園式から卒園式に至るいろいろな行事をつないで、各園5分、計60分の動画を作ることにした。動画なら、解説や通訳がなくても、見てもらえればわかると思ったからだ。そこには、花まつり、鯉のぼり、盆踊り、お月見、餅つき、節分豆まき……などの伝統行事がたくさん出てくる。その多くは中国で生まれたものなので、喜んでくれるだろうとも思った。1週間がかりで編集した動画は、“力作”だと思った。しかし、加藤園長の講演とは打って変わって、反応はまったくなかった。
 寂しくパソコンを片づけていると、年配の女性園長が1人近づいてきて、「中国から消えた伝統行事が、日本の幼稚園に残っているのを見て嬉しかった」と小声で言った。通訳を務めてくれた国際教育史専門家の中国人によると、「中国は1970年代の文化大革命で伝統行事や仏教寺院がすべて消えたんです。だからあの映像は、年配の人達に、言葉にできない複雑な思いを抱かせたのでしょう」とのことだった。無反応の理由はわかった。しかし「伝統行事と宗教をなくした中国で、果たして幼児教育がうまく機能するのだろうか?」と疑問に思ったものでもある。

※中国で講演する加藤積一氏(YouTube動画)
幼稚園情報センター・片岡進