私立幼稚園を牽引した政治家

　東京千駄ヶ谷の新国立競技場をめぐる騒動で、にわかに森喜朗元首相がクローズアップされた。彼の存在が問題を混迷させ、計画見直しの決断を遅らせたのではないか、との見方が多い。「冗談じゃない。僕は何にも関わっていないことだ。あらぬ勘ぐりをされて大いに迷惑している」と本人は立腹しているが、国会議員を引退したとはいえ今も政界の重鎮であり、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長であり、日本ラグビーフットボール協会名誉会長(前会長)であることを考えると、そう思われても仕方ない要素はある。
　同じ派閥(細田派＝かつての森派)、同じ学校(早大雄弁会)の後輩である下村博文文部科学大臣はじめ関係者が、「新国立競技場でラグビーＷ杯もオリンピックも開催することになっている。それができなくなったら森先生は嘆くだろう。そうさせないためには……」と、勝手に森氏の心中を忖度(そんたく)してズルズルと時間を過ごしてしまったというのが真相だろう。
　大きな身体と歯に衣きせぬ自由な物言いのために、数多くの誤解を生んできた森喜朗氏。しかし私立幼稚園関係者にとっては、そんな誤解や批判を受けることは身内のことのように痛みと反発を覚えるものである。30年以上にわたり私立幼稚園ＰＴＡの全国会長を務めた森喜朗氏(現･全日本私立幼稚園ＰＴＡ連合会名誉会長)こそ、私立幼稚園振興の最大の功績者であるからだ。

　ちょうど40年前、1975年7月の参議院文教委員会の光景を私は忘れられない。幼稚園から大学まで私学関係者が熱望した私立学校振興助成法の審議が大詰めで、この日に委員会で可決しなければ延長国会での成立がならず、廃案になってしまうギリギリの段階だった。安保法制の議論と似て「私学への公費助成は憲法89条に違反する」とする憲法学者の意見があり、衆議院は何とか通過したものの、保革伯仲の参議院は難航した。
　自民党文教部会長・藤波孝生氏(のちの内閣官房長官／故人)の指揮のもと、西岡武夫氏(のちの参議院議長／故人)が野党(日本社会党ほか)交渉に走り、渡部恒三氏(のちの衆議院副議長)が与党内説得にあたった。そして一番若い森喜朗氏(当時37歳)が、委員会採決を引き延ばすため、法案提出者の代表として、法制定の必要性を2時間余にわたり弁じたのである。四人はいずれも早大雄弁会の面々だった。
　原稿もメモもなく、私学の素晴らしさ、私学の可能性を延々と語る森氏の姿は、まさに弁慶の勧進帳を思わせた。結局、教員人材確保法、育児休業法案との取引で野党交渉が成立し、与党内調整もできた。委員会室の扉が開いて「オーケー、もう大丈夫だよ」という藤波氏のサインを見た森氏のホッとした表情は今も鮮明だ。
　その後、四人の強者はいろいろな事情で離れ、森氏ひとりになったが、私学助成、幼稚園就園奨励費の拡充、教育基本法、学校教育法の改正など獅子奮迅の活躍で私立幼稚園のために尽力されたのは周知のとおりである。この事実を私立幼稚園関係者は決して忘れることなく、これから先、どんなにマスコミの批判があっても、かけがえのない仲間として森氏を支持し、ラグビーＷ杯、東京オリンピック・パラリンピックの成功を応援していきたいものである。
　ちなみに現在、私立幼稚園にとって第二の私学振興助成法とも言うべき幼児教育振興法(仮称)の制定が準備されている。法案審議が始まれば、きっと第二の森喜朗、第二の四人組が出てくるだろう。それがどんな顔ぶれなのか楽しみでもある。
　なお森喜朗氏は2013年7月2日、全日本私立幼稚園ＰＴＡ連合会の全国大会で、約1000人の幼稚園保護者を前に「日本の子どもと家庭教育」についての講演を行った。自身の生い立ちからローマ帝国の教えまで、40年前の参議院での弁舌を思い出させる壮大な語りだった。その一部内容を添付したのでご覧いただきたい。講演の全文は『月刊･私立幼稚園』の研修会レポートに掲載してあります。

参考付録
森喜朗講演録「日本の子どもと家庭教育(上)」の一部(PDFファイル)
森喜朗氏の講演の様子(YouTube動画）