★現行制度は高額所得世帯を優遇
2022年3月8日(火)に行われた参議院予算委員会の公聴会で、公述人の中室牧子氏(慶應義塾大学総合政策学部教授)が、幼児教育・保育の無償化について「現行制度は高額所得世帯の方に手厚い分配になっており、財政投資としての効果は弱い」と疑問を投じたことから、制度の見直しが始まるのではないかと注目を呼んでいます。
公聴会での中室氏のテーマは「経済財政運営における人への投資」。最初に「投資の効果が一番大きいのは幼児に対する教育と健康で、年齢が上がるにつれて効果は減る」とした上で、「しかし幼児に対する投資がすべて有効というわけではない。低所得階層への投資が重要で、それが格差是正の長期的な効果を生む。必要な人に必要なだけの支援をすること。そして受益者側より供給(施設)側への投資を厚くして教育の質を高めていくことの方が大事だ」と述べ、「無償化の中で、経済的困窮の他に介護・医療・障害・不登校など複数の困難を抱えている家庭の幼児が十分な教育を受けられない事例も増えている」と指摘しました。
幼稚園・保育所・認定こども園に通う3歳以上の園児の教育費負担の無償化は、安倍晋三首相(当時)の強烈な旗振りで、計画より3年ほど前倒しされ、2019年10月からスタートしました。
それはアベノミクスの経済効果を高めるため、子育て世帯の消費行動を促進するための政策でした。その結果、所得制限のない一律給付となり、教育の質向上の議論が後回しになったことは否定できません。また大きな財政支出のツケが、幼児本人の将来の負担をさらに重くする、という矛盾も指摘されました。今回の公聴会では、そうした問題点が改めて浮上した形です。
これに対してSNS上では「所得制限に反対」の声が多々あります。中室氏は「私は所得制限をすべしとは一言も言っていない。高額所得世帯でも複数の困難を抱えて苦しんでいるケースはある。そうした人たちも含め、必要な人に必要な支援をしていくことが肝要」と言っていますが、2023年の「こども家庭庁」の発足に際しては、所得制限の議論は避けて通れないことでしょう。
教育の質向上について中室氏は、「教育内容・教育環境についての第三者評価を見ると、どの自治体もほぼ横並びになっている。しかし別の専門機関が調べると、施設ごと地域ごと入園年度ごとに明らかに差がある。質の悪い教育を受けた子ども達が格差の連鎖を引きずることになりかねない。教育条件の悪い施設や地域に投資を増やすことは必要だが、米国のように評価の状況を公開して、保護者が誰でも見られるようにすれば、評価の低い施設が改善に向けて努力するので、自ずと全体のレベルがアップするだろう」と具体的な提言も行いました。
さらに「教育の質向上というと、職員の待遇改善を訴える声が多いが、今は待遇改善より働き方改革を優先すべきです。職場環境の悪いところに優秀な人材は決して集まって来ないから」とも述べ、幼稚園教師や保育士の厳しい労働環境を暗に指摘しました。
無償化と同時に、教育の質向上を図るものと考えていたのが「幼児教育振興法(案)」でした。本当は法案の方が先に成立する段取りでしたが、安倍首相のかけ声で無償化が先行したため、それに間に合わせようと、全日本私立幼稚園連合会の香川敬会長(当時)らは大慌てで法案成立を急ぎました。その結果生じたのが7億円にも上る使途不明金事件でした。法案も使途不明金もどこかに消えてしまいましたが、中室氏の意見を聞くにつけ、何とも言えぬ虚しさを覚えます。
一方で無償化の経済効果は、ママたちの自転車がほとんど電動アシストに替わったことに現れましたが、コロナ禍でキャンプ用品や家族旅行は封印されました。質向上も経済効果も中途半端で終わっているのが実情です。
幼稚園情報センター・片岡すすむ